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『ストロベリーショートケイクス』。
原作は魚喃キリコさん。シンプルな絵柄と痛々しい心理描写。気が付くと持っていた原作本。気になると読み返すお話。
「魚喃キリコさん、知ってる?」
「はいモチロン」
「カノジョの本を映画化するんだけど、メイキング撮らない?」
「誰が?」
「ノナカさん、貴方が」
と、プロデューサーが私に電話してきたのは撮影が始まる3週間前
「こんなド素人。使ってどうするんだろう。」人ごとのように心配したが、いつの間にか二つ返事でメイキングのお仕事を引き受ける自分がいた。
2004年の私は、いわゆる派遣社員。いわゆる負け犬世代。趣味「習い事」(という無趣味さ)。そんな私が「30の手習い」ではじめたのが「映画づくり」だった。UPLINKのデジタルムービーワークショップ(DMW)に参加した私は生まれて初めてビデオカメラを持って、たった5分の映像作品を作ることに必死になった。
それから気が付けば2005年春。私は「ストロベリーショートケイクス」のメイキング担当として怒涛の一ヶ月を矢崎組の中で過ごしていた。しかも態度のデカさと気のツヨさだけが取り柄の私が、役者さん、スタッフさんという別世界の職人さんに囲まれて完全に萎縮していた。
線路に近い夕暮れ時の都心の公園でのロケ。
「こうゆうのってさ、他のみんなにとってはずっと続く日常の生活だけど、私にとっても、ノナカちゃんにとってもたった1ヶ月限定のトクベツな出来事なんだよね」 私と同様、はじめての仕事に挑戦する塔子さんがポツリと言った。その言葉を聞いて「シロウトなりに、自分なりに、このトクベツな出来事を感じていればいいんだ」って、気づかされた。でもそんな頃には、もうすでに撮影も終盤に入っていたけれど。
現在2006年春の私は50時間にのぼるテープと対峙している。それはわたしのカメラに記録された、毎日がタイヘンで、毎日がシゲキ的で、毎日が寝不足で、毎日が感動だった一ヶ月。
本編の公開に先駆けて、そんなちょっと特別に感じた空気を、ここを覗いてくれた皆さんに少しだけでもおスソわけ出来たらと思ってます。
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