ストロベリーショートケイクス
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ストロベリー日記
野中
野中 望美
1972年生まれ。
高校卒業後パティシェを目指して上京するがレストラン勤務の厳しさに直面しあっさり断念。フリーター、語学留学などを経て、派遣OLとして事務職をしながら06年早稲田大学第二文学部卒業。
04年アップリンク主宰デジタルムービーワークショップにて、自らが被写体となりタトゥーを入れるドキュメント『青い鳥』(5min)、メガネ男子応援映画『るねっと』(10min)制作。メールやブログに代表される文字文化と映像を融合させたプチ・メディア“シネブログ”を実験的に制作し、本メイキング・ブログの書き手に抜擢される。

23日初日舞台挨拶動画
2006/09/25
いちご日記 その1「イントロダクション」
2006/09/22
いちご日記 その2「 クランクイン」
2006/09/22
いちご日記その3「ちひろの世界」
2006/09/22
いちご日記その4「秋代の生き方」
2006/09/22
いちご日記その5「里子な生活」
2006/09/22
いちご日記その6「塔子の表現」
2006/09/22
いちご日記その7「ルームメイト」
2006/09/22
いちご日記その8「ヘブンズゲイト」
2006/09/22
いちご日記その9「観覧車の下で」
2006/09/22
いちご日記その10「海辺の風景」
2006/09/22
いちご日記その11「クランクアップ」
2006/09/22

いちご日記 その1「イントロダクション」
09月22日 18:15






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『ストロベリーショートケイクス』。
原作は魚喃キリコさん。シンプルな絵柄と痛々しい心理描写。気が付くと持っていた原作本。気になると読み返すお話。
「魚喃キリコさん、知ってる?」
「はいモチロン」
「カノジョの本を映画化するんだけど、メイキング撮らない?」
「誰が?」
「ノナカさん、貴方が」
と、プロデューサーが私に電話してきたのは撮影が始まる3週間前
「こんなド素人。使ってどうするんだろう。」人ごとのように心配したが、いつの間にか二つ返事でメイキングのお仕事を引き受ける自分がいた。

2004年の私は、いわゆる派遣社員。いわゆる負け犬世代。趣味「習い事」(という無趣味さ)。そんな私が「30の手習い」ではじめたのが「映画づくり」だった。UPLINKのデジタルムービーワークショップ(DMW)に参加した私は生まれて初めてビデオカメラを持って、たった5分の映像作品を作ることに必死になった。
それから気が付けば2005年春。私は「ストロベリーショートケイクス」のメイキング担当として怒涛の一ヶ月を矢崎組の中で過ごしていた。しかも態度のデカさと気のツヨさだけが取り柄の私が、役者さん、スタッフさんという別世界の職人さんに囲まれて完全に萎縮していた。

線路に近い夕暮れ時の都心の公園でのロケ。
「こうゆうのってさ、他のみんなにとってはずっと続く日常の生活だけど、私にとっても、ノナカちゃんにとってもたった1ヶ月限定のトクベツな出来事なんだよね」 私と同様、はじめての仕事に挑戦する塔子さんがポツリと言った。その言葉を聞いて「シロウトなりに、自分なりに、このトクベツな出来事を感じていればいいんだ」って、気づかされた。でもそんな頃には、もうすでに撮影も終盤に入っていたけれど。

 現在2006年春の私は50時間にのぼるテープと対峙している。それはわたしのカメラに記録された、毎日がタイヘンで、毎日がシゲキ的で、毎日が寝不足で、毎日が感動だった一ヶ月。

本編の公開に先駆けて、そんなちょっと特別に感じた空気を、ここを覗いてくれた皆さんに少しだけでもおスソわけ出来たらと思ってます。



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